2010年11月23日火曜日

Barbour バブアー 

昔から大好きで、各種着ています。

バブアーの魅力は、独特のイギリスっぽさと、オイルを染み込ませた前時代的(ナイロンが1940年代にアメリカによってもたらされる以前という意味で)な感覚だと言えるかと思います。



最初に購入したのが、90年代の初頭、大久保の登山用品ショップにて手に入れた、本来はオートバイ用のインターナショナルジャケットでした。いろんな映画、雑誌や写真で見ていたものの、バブアの実物を生まれて初めて見た私は、その独特のオーラに惚れ込んでしまいました。一般的なお尻の隠れる丈のビューフォート、短くてサイドベンツが入って、ニットカフのビディルetc...イギリス軍のユニフォームにも共通する独特のムードに魅せられてしまいました。お店で現地版の総合カタログをもらって、帰りの電車で顔を火照らせながら、夢中になって眺めたこと、今もしっかり覚えています。若かったですね!

当時の私には、とても高価なものでしたが、その後仕事でアメリカの西海岸(サン・フランシスコ)に滞在した際に、普段は古いレアなソウルのレアシングルレコードを探して黒人街などをぶらぶらしたり、インド・パキスタン人街でエキゾチックな料理をたべたり。。。が常だったのですが、とある休みの日、気分を変えてキレイなアップタウンを散策しているときに、Orvisという渓流釣りの専門店にて幸運なことにセール中でグリーンのビデイルを購入し(アメリカ人はナイロンやゴアテックスの実用重視だからでしょうか?ぜんぜん売れないとお店の人が嘆いてました)、さっそく少年時代から大好きなスクーターに乗るとき着るぞ!と息巻いており、大事に抱えるように帰国しました。

あの頃は、マスコミが東京で飛び火のように流行りだしたモッズカルチャーに気づき、某化粧品メーカーやみっともない、おりこうさんなリッチで高級なブランドが、大量の資金を投入して「モッズブーム」を仕掛けだした頃でした。熱い魂は、薄められて行き、ウンザリでガッカリな時代の始まりだったと思います。

私はあのカルチャーには「絶対に戻らないぞ!」と心に決め、それ以上にもっと興味があった「カジュアル」に傾倒していく切っ掛けでもありました。もっと純粋にハートを感じるものでした。私が考えるに、戦闘的なイギリスの若者文化の集大成で、もっともエキサイティングなものです。そして、そのスタイルは常に変化して、決して終わりが無く、現在進行形であります。

アメリカでも「ビデイル用のオプションパーツ」である、フードとライナー、そして当時はイギリスの中でしか手に入らなかった「黒のビディル」を求めて、今度はイギリスにて買う事になるのでした。

首都ロンドンの北部、カムデンマーケットから少し歩いたところの「ほったて小屋」のような小さいお店で、値引きしながら、念願の「黒のビデイル」「グリーン用のフード」「ビディル用のライナー」を購入しました。しかし、この偉大なるお買い物は、まだ解決していない宿題を残しました。私はまだ、「黒のビデイル用のフード」を手に入れておりません。偉大なる宿題です。

その後、バブアーが日本でも紹介され、現在も高級メンズ雑誌などで取り上げられる事が本当に増えましたが、オイルレスの生地にて作られたバージョン(一説では日本からのリスエストだったらしいです)や、新しい(匂いの少ない)オイル生地の開発、新しいモデルなど、これからも期待しています。

旧バブアオイルの独特の匂いと、コーヒーやタバコ、エンジンオイルの匂いが混じったとき、もう20年も経った若い頃を思い出したり・・・とても思い入れのあるブランドです。

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